No.169「カイイヌ」の品格 1
朝起きると「ゴシュジン」は私の部屋に掛けてあるシーツを取り払う。
「ゴシュジン」と言っても、何人かいるのだ。
まずは、体がごつくて私の扱いが乱暴なやつ。 ただこいつは長い時間歩いても
そんなには疲れないらしい。 だから遊びや定期的なパトロール活動の際には
こいつを連れていく事にしている。性格はかなりおおざっぱで、私の事を
あまり気にしていない事も多い。自分の事を「トーチョン」と呼んでいるようだ。
もう一人は出す声が高くて体が小さいやつだ。 私の事はいつも気にかけていて
何かと話しかけてくる。外に連れて行くのが「トーチョン」だとすれば、こいつは
家の中での世話やきにちょうどいい。寝る前など、伽の相手はこいつにさせている。
自分の事は「カーチョン」と言っている。
さて、朝のシーツをはぎ取られて見る、「カーチョン」の顔がすこぶる悪い。
というか、私はこの「ゴシュジン」どもの顔を見るだけで、気持ちがわかってしまう。
どうやら「カイイヌ」たる私の出番が近い。
「カーチョン」は明らかに暗い感情にまみれている。こいつは厄介である。
機嫌のいい時にはすこぶる良い人間で心も穏やか、おやつも奮発してくれるものの、
一度どす黒い気持ちに心が捕らわれると私に対する世話にも冷えた影響が出るのだ。
私も彼女の心の痛みに反応して興奮が強くなる。すると彼女は心に墨が更に流れるのだ。
あまりいい状態でないのはわかっているのだが、中々このサイクルから抜け出せない。
比べて「トーチョン」は何も考えてないのが手に取るようにわかる。
「ゴシュジン」どもがこのような状態に陥ってしまった時には彼らを率いる者として
「カイイヌ」の私が解決に導くのが世界の常識である。
人間の世界では、これを「ノブレスオブリジェ」と言うのだそうだ。
「高貴なるものの責任」とでも訳してくれてもかまわない。
それでは、次回からは、この「ゴシュジン」どもの心の病を解決するとしよう。
(続く)